精神世界の本を読み漁りたくなった時は、まず自分の精神崩壊を疑おう!

心と身体

タイトルの元になったお馬鹿さんは…

はい、そうです。3月に入ってから、だいたい先週までの私です(失笑)

懐かしの自己開示だな〜物書きは、自分の身を刻んで血肉を見せるSHOWだからな〜

痛い経験が発生した時に、泣いたり悩んだりしながらも、常に心の何処かに「ネタになる!」と喜んでしまう性(さが)よ。

とはいえ、界隈時代のようには晒け出しません…晒け出せるほどの深みのあるネタでもないし(笑)

ま、とりあえず行ってみましょうか。

縁あって、とある男性と会うようになってから、3月4月と表面上はキャッキャウフフしてたんですが、精神的にジワジワ不安定になってってるのには心の端で気づいてました。

過去の古傷というか、成仏してなかった感情がどんどん出てきて、棚卸し祭り。

界隈時代の自己開示で、かなりドブさらいは進んだつもりだったんですけどね。

確かに仕事も人間関係も、昔より軽やかで飾らない自分で過ごせるようになって、変なコントの発生率も低くなったし、発生しても一斗缶が落ちるくらいの笑えるオチで着地するようになってます。

だからもう大丈夫だと思ってたんですが…

異性と関わる時は、普段は手をつけなくても表面上は問題ないような、深い底のヘドロが姿を現して、見て見ぬフリも誤魔化しも効かないようになるものだということを忘れていました。

しかも、その男性が過去に自分史上最悪に傷つけあってお別れした男性と似ていたので、なんか知らんけど「これは再テストかもしれない。あの人への罪滅ぼしにもなるかもしれない。この人には優しくしよう。この出来事から学ぼう」という謎の「魂の向学心」みたいなものを抱いてしまったんですね。

今考えると、この時点でメンタルやられてるし自己洗脳に入ってました。

彼は、向こうから誘ってくる割には毎回のように遅刻をしてくるし、ノープランと言いながら自分の行きたい所に連れて行く人でした。

通常運転なら、この時点でアウトだろ!かつての傷つけあった相手よりダメだっただろ!

しかし強くダメだと斬れなかったのは、罪滅ぼしコントと、何より自分が遅刻魔だったからです。

投影とか今更言わないけど、やっぱ因果応報ってあるんだ…この遅刻を許すことで罪滅ぼしになれば…と、また自己洗脳が進む(笑)

どんだけ自分を罪人認定したかったのか、もはや今は謎でしかない!

ちなみに今回のことで、遅刻するのは相手を侮辱する行為だと見せつけてもらえたので、最近の私は5分前行動が前よりできるようになりました。学び、あったね(笑)

しかし、キャッキャウフフで紛らわせて「私は彼を好きなんだ♡」と思っていても、心の底では不安定がマックスになっていたのでしょう。

平成最後の日。

久しぶりに会った友達(界隈時代に知り合い、お互いほぼ同時に卒業して、今は界隈ウォッチしたり、お互いの心の棚卸しをしたりしている)としこたま呑んで(アルコール断ちしていたので本当に久々の飲酒だったのに、しょっちゅう呑んでいた頃のペースで呑んでしまった)カラオケで泣いて、記憶が途切れて気づいたら病院に救急搬送されていたという、一歩間違えば命に関わる大失敗をしてしまったのでした。

これを機会に飲酒とついでにカフェインは平成で卒業しました(爆)

そこから彼との会う機会がごっそりゼロになる。

ゴールデンウイークは彼の体調不良、次の週は彼の母親の風邪を理由にドタキャン。

挙句に次の週はなんの連絡もなし。私は次が最後だと思い、自分から連絡しました。

いろいろとピークだったな〜あの焦燥感を好きな気持ちだと錯覚してたのかな〜

結局会ってみたら、彼の親族が病気で病院の送迎があったり仕事が忙しかったりで、なんの他意もなかったんですけども。

それでも、自分の都合で2回もドタキャンしといて、まずはフォローなり謝りの言葉が先にくるだろうに、悲壮感を漂わせてる私に「そんな重苦しいのは苦手」と平気で言ってのけるあたり、こいつはサイコパスかと思いました。

最終的に私の気持ちを伝えたところ、彼は「自分の気持ちはニュートラルだ」などと供述し、これで終了なのか何なのかよく分からない状態でお別れしました。

ニュートラルかなんか知らんが、だったら毎回自分から誘ってきてたのが謎だし。

ま、肉体関係がなかったのが不幸中の幸いだったかな。ネタとしては弱いけどね(笑)

そんな5月の間に買って読んだのが、エックハルト・トールの「ニュー・アース」と「さとりを開くと人生はシンプルで楽になる」でした。図書館で借りて「わたしは『いま、この瞬間』を大切に生きます」も読みました。

それと、ペインボディってのがあるそうで、そいつは、こんなやつなんだと。

・この世界に生まれてくるすべての新生児はみな、すでに感情的なペインボディを持っている
・すべての人間のDNAに集団的なペインボディがコード化されている
・キリストは人間の原型であり、人間の苦痛と苦痛の超越の可能性を体現している
・すべての女性が集団的ペインボディを分かち持っている
・ペインボディはネガティブな思考だけを消化する(ペインボディの糧は、それ自身と同種のエネルギー、同じ周波数で振動しているエネルギー)
・ペインボディとは、ほとんどの人が持っている古くからの、しかしいまも生き生きと息づいている感情のエネルギー場

で、こいつらを溶かして悟りを開くためには「今ここ」に集中して「大いなる存在」に繋がるといいんだそうです。

呼吸に集中したり、今やってる作業(例えばキーボードを打つなど)の身体の感覚に集中したり、浮かんでくる思考や感情をあるがままに観察したり、そんなことをやって。

あくまで観察で、エゴやペインボディと同一化はしちゃいけないと。

やりましたよ。ざわついて暴れ出す感情が起きたら「今ここ〜深呼吸〜」とか。

今起こってる状況はペインボディと同一化してるからだ、観察しよう!

これは気づきと学びを得るチャンスなんだ!とか。

もはや、ひとりカルト宗教コント(笑)

で、先週末にタライが落ちて、いろいろ振り返ってみたりして、ですね。

「大いなる存在」ってのは確かにあると思うんですよ。私も総監督の存在は信じてるし。

じゃあ、悟りを開いて楽になろうってんなら、今すぐ死んで「大いなる存在」に戻れば?

そんなに楽で素晴らしいんだったら、ずっと「大いなる存在」でいればいいのに、この現実世界にはエゴとペインボディにまみれた人間どもで溢れかえっているのは、なぜ?

「大いなる存在」と繋がってる「今ここ」は穏やかな「ニュートラル」だろうけど、ずっとそこにいたいとは思えない。

私は、愚かにも喜怒哀楽を繰り返しながら、それでも泥臭く生き続けてる人間の方が好き。

エゴもペインボディもあって上等。生きてる間は、それをオモチャに面白がってナンボ。

心身が健康に戻った今は心からそう思えるんですけど、バランスを崩してると、ついつい、しょーもないもんに縋りそうになってしまうものですね。

今回は本2冊買っただけで済んだからいいけど、もしセミナーとかセッションに手を出してたらと思うと、本当に背筋が凍る!

2冊の本は昨日ブックオフに売りました。買取価格850円。二束三文です。

そのお金でミニストップの練乳いちごパフェを食べて、あ〜涼む〜美味しい〜ってやってた時間の方が、よっぽど「今ここ」だったし幸せだったのでした。

PV数の少ない我がブログが、今バランスを崩しそうになっている誰かに届くかどうかは分からないけど。

あなたに必要なのは、精神世界でも潜在意識でもスピリチュアルでもありません。

バランスを崩している自分に気づいて一緒にいてあげること。それだけです。

バランスを急いで整えなくていいし、悟らなくていいし、引き寄せなくていい。

もちろん、自分1人で抱えないで、周りの人に頼っても大丈夫。

ただ、頼るのは、お金を取らずに、ジャッジもコントロールもせずに話を聞いてくれる、信用できる身近な人だけで。

【教訓】健康な精神は、精神世界を必要としない。