田辺聖子さん哀悼〜原点〜

読書・物書き

夕方にお邪魔したお家で緑茶をいただいて、まだ眠くならないのでブログを書きます。

今日は田辺聖子さんがお亡くなりになったことを知って、仕事をしながらも心から離れず、いろいろと思い出したり考えてたりしていました。

Yahoo!ニュース
深いことを面白く 文筆活動だけでなく、生き方も達人だった「おせいさん」(神戸...
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190611-00000002-kobenext-soci
文壇の中心である東京から離れた神戸・阪神間を拠点に、軽妙な文体と人間への優しいま - Yahoo!ニュース(神戸新聞NEXT)

田辺聖子さんの作品に初めて触れたのは中学3年生の頃でした。

小学生の頃から本が精神安定剤だった私は、中学でも高校でも毎日のように図書室に通っていました。

図書室がなかったら不登校になっていた自信があります。

あ、家も居心地は良くなかったから、きっと学校には行かないでアンダーグラウンドな遊びに走っていたと思う。

本と物書きに非行や精神疾患から守ってもらったような思春期でした。

真面目でおとなしい文学少女ヅラして図書室で本棚を漁っては、少しでも恋愛要素やエロい場面が多い本を物色していたので、脳内はアンダーグラウンドにまみれてましたが(笑)

田辺聖子さんの作品を知ったのも、図書室の文庫本の棚で見つけたのが最初でした。

どの作品を読んだのかは思い出せないんですが恋愛小説と「新源氏物語」だったかな。

関西弁がほんわかとして、美味しそうに食事をする場面が多くて、恋愛の着地点が別離でも悲しいだけではなくて、明日に希望が持てるような優しい世界。

源氏物語は古典文学全集で読みかけては途中で挫折していたのが「新源氏物語」はしっかり最後まで読めました。この作品と「あさきゆめみし」のおかげで補完できた部分は大きい。

平安時代の文学が好きになれて国文学科にまで行けたのも、田辺聖子さんの古典本と氷室冴子さんの「なんて素敵にジャパネスク」シリーズに出会えたからで。

今の私を構成している原点は中学時代の読書と物書き体験に集約されていると、なぜか最近よく実感することが多いです。

短編小説の公募に挑戦したのも、先日の男性とのことで湧いてくる感情の昇華先を作るため(思い返せば、恋愛か仕事で極限まで感情が噴き出した時に物書きするのがお約束のパターン笑)だったんですけど…

その人とのご縁も元を辿れば中学時代に行き着くんですよね。

好調だった初期の頃に、中学時代に私が書いた文章が載っているものを(私が書いたとは知らずに)目に触れさせてくれたのも彼でした。

図らずも私の原点である「読むこと」と「書くこと」に立ち返らせてくれたという一点においては、感謝しようと思えます。

もちろん表に出さない感情としては、ショミドかオンプリでも狙う?レベルの暴言が出まくったりもしてますよ(笑)

そんなこんなで、原点に還ることが続いているところと、ひとつ作品を書き上げた精神的な産褥期に重なっての田辺聖子さんがお亡くなりになったニュースを知って。

時の流れと、変わっていくものと、変えたくないもの。

変えようとしても変えられなかったもの。

なくしたら自分ではなくなるもの。

そんなものたちに想いを馳せてみたりして、何か眠れなくなっているのでした。

田辺聖子さん。あなたは私の原点に君臨している大好きな女流作家さんです。

頭でっかちで、白黒つけたがりで、思考でバッサリ斬ってスッキリしたがる私に、心を無視しないこと、グレーのままおいておくこと、感情を残さず抱えてグルグルすること、つまり女のままでいることを良しとできる部分が残っているのは、心が柔らかい年頃に田辺聖子さんの作品に触れておいたおかげだと思います。

本当に、ありがとうございました。

天国でカモカのおっちゃんと美味しいお酒を飲んで下さいね。

心よりご冥福をお祈りいたします。