常軌を逸する

心と身体

創造とは、常軌を逸するところからしか始まらないのではないか。

今朝、ふとそんなことを思った。

胃の研究をしたいからと、自分で自分のお腹を切り開いて、胃の中に直接食べ物を入れて状態を観察した歴史上の人物のことを不意に思い出したから。

その人の名前は忘れた。

胃カメラの開発はそこから始まったとか何とか、そんな話だったと思う。

診療情報管理士の資格を通信教育で受けていた頃に、テキストに出てきたかスクーリングで話を聞いたかで、やたらと記憶に残っていた。

「この人、どう考えてもトチ狂ってる」

そう思った。

きっとその人は、後世の人々の医療に役立つために自分の身を犠牲にしようなんて考えてなかった気がする。

ただただ、見えないけれど自分の身体の中に確かに存在している「胃」というものの動きを見たくて見たくてたまらなくて、痛さや怖さを超えて行動してしまったのだろう。

それが始まりになって、後から続く人たちが、それぞれの「知りたくてたまらない」を行動に移して、今では当たり前のように胃カメラを健康診断で受けられるようになったのだ。

現在の「当たり前」は、過去の「基地外沙汰」だった。

じゃあ、現在の「基地外沙汰」は、未来の「当たり前」になるってこと?

だったら。

私は、もっと常軌を逸したい。